対立ではなく、強みを活かして協力し合う世界へ

良い靴が、素敵な明日へ運んでくれる! 

靴と歩行の調律家 田村智津子です。

山口県下松市にて、3万人の足をみてきたママさん理学療法士が、足元のおしゃれと健康の両立を本気で応援します!

いつもブログをご覧いただき、誠にありがとうございます。

今回の記事の半分は、自己開示です。

かなり長いですが、もしよかったら、最後までお付き合いください。


自分の強みから、今後の情報発信について考える

私は幼少期から対人関係に悩み、様々な占いや性格診断,知能検査を受けてきました。
その一部をご紹介しますね。

ADHD傾向(発達障害とはいえず未診断)な私は、得意なことと苦手なことの差が激しいのですが、自分なりの対処法を編み出して、どうにか社会生活に適応してきました。

『健常』と『発達障害』の間に明確な境界はありません(スペクトラムという)。誰しも、得意なことと苦手なことがあるはずで、『発達障害』と言われる人は、その差がちょっと激しいだけなのです。

また、『はづき数秘術』によれば、33番は『無償の愛』を表現するために生まれてきた『人類の愛の奉仕者』で、世間の常識に縛られないスケールの大きな『大変人』。気質は『中庸』で、何よりも全体のバランス・調和を大切にする人なんだそうです。

私の宿命数はプライドが高くリーダータイプな1番ですが、使命数が『一人で成し遂げたい』7番なので、人前にしゃしゃり出るのは性に合いません。これは、Strength Finder®やTalent Focus®の診断結果にも、よく表れています。

33番としての個性的な生き方や経験を通じて世の中を俯瞰し、『本当に大切なものは何か』『真の平等とは何か』を内省・探求することで得られたものを、誰も責めない形でさりげなく発信し、『本質的な気づきをもたらし、行動変容を促す』ことが、私なりのリーダーシップなのかなと、思っています。

私は女性のおしゃれと健康の両立を応援したくて、靴に関する情報発信を始めましたが、それ以外にも、発信したいことはたくさんあります。

《体の健康》
  日本人の靴リテラシーの改善を図る
  身体の歪みを取って正しい使い方を覚え直す
  靴の履き方を変えることで身体の使い方を変える
  靴の履き方を変えることで治療効果が長続きする

《心の健康》
  靴を快適に履けるようにして、おしゃれしたい女性を応援する
  ファッションの在り方を問い直す(おしゃれするのは何のため?)
  おしゃれする自由としない自由、どちらも尊重できる世の中に
  世の中について思うことを自由に発信する
  ブログを読んだ方が『自分はどうなのか』考えるきっかけを作る

『本当の幸せって、何だったっけ?』

そんなシンプルな問いの答えを求めて、いろんな話題を深掘りしていきます。

『内省』の強みを持つ私にとって、考え事は趣味というか、呼吸するのと同じくらい無意識にやっていること。

ブログを書くことで、何となく考えたことが整理され、自分の中に既にあるものを汲み上げ、融合させ、新たな気づきを得る。そのプロセスが好きなんですよね。

単純に『書く』ことが好きなんです。

世間の流れから、一時はライブ配信なども『やらなくてはならない』と、考えていたのですが…止めました。

視覚優位で聞き取りが苦手&活字好きな私は、『読む方が速い』ので、そもそも、YouTubeをほどんど観ません。

私には、ライブ配信よりブログでの発信が向いていると判断し、『必要な人だけに届けば、それでいい』というスタンスで、淡々とやるだけです。

私が持っている情報を必要としている人は、『何となくYouTubeで流れてたから』ではなく、必ず、『自分で探し出して』掴みに来てくれると信じています。

だって、私が、そういうタイプだから。

そもそも『中庸』とは?

当サロン名にもなっている“a happy medium”には、『中庸』という意味があります。

「中庸」という言葉は、『論語』のなかで、「中庸の徳たるや、それ至れるかな」と孔子に賛嘆されたのが文献初出と言われている。それから儒学の伝統的な中心概念として尊重されてきた。だがその論語の後段には、「民に少なくなって久しい」と言われ、この「過不足なく偏りのない」徳は修得者が少ない高度な概念でもある。

古代ギリシャでは、アリストテレスの「メソテース」という言葉でそれを倫理学上の一つの徳目として尊重している。また、仏教の中道と通じる面があるとも言われるが、仏教学者によれば違う概念であるという。

「中庸」の『中』とは、偏らない、しかし、決して大小や上下の中間を取りさえすればよいという意味ではない。よく、「中途半端」や「50対50の真ん中」と混同されている。中間、平均値、足して2で割るというものではない。常に、その時々の物事を判断する上でどちらにも偏らず、かつ通常の感覚でも理解できるものである。

中庸の徳を常に発揮することは聖人でも難しい半面、学問をした人間にしか発揮できないものではなく、誰にでも発揮することの出来るものでもある。恒常的にいつも発揮することが、難しいことから、中庸は儒教の倫理学的な側面における行為の基準をなす最高概念であるとされる。

Wikipedia『中庸』より引用
『中庸』の直訳”moderation”では
ちょっと息苦しかったんです

『中庸』は、『両極端な状態』を知って初めて見えてくるもの

『中庸』は、ただの『事なかれ主義』ではありません。『偏りのない状態』であるかどうかを判断するには、当然『両極端な状態』も知る必要があるので、そこに至るまでの道のりは、逆にいばらの道でしょう。

現代社会は、残念ながら、皆が平等な暮らしができているわけではありませんし、同じ人間の一生の中にも、多少の浮き沈みがあるはずです。

私は職業柄、様々な立場に置かれている患者様を見てきましたし、自分自身も、いじめやハラスメント,家庭崩壊,心の病気や借金など、苦しい立場をたくさん経験してきました。(その分、良いこともたくさんありました)

そんな私ですが、『相手の立場になって考える』ときには、『自分の知識や経験は抜きにして考える』のが基本だと思っています。

この世の中には100%正しい(良い)ものも、100%間違っている(悪い)ものもありません。『価値観の多様化』は有って然るべきで、その違いを認め合いながらもひとつのコミュニティの中で共存することが望ましいです。

誰しも、心の中に『譲れないもの』の一つや二つは持っているでしょう。それは良いことなのですが、『自分(の信じているもの)だけが正しい』と思い込んで、そうでない存在への攻撃を正当化するのは、どうかと思います。

そういう人たちは昔から居たけれど、表立って主張する人は少なかった。

でも、現代人の多くは心に余裕がなくなり、自分とは違う立場の人に対して思いやりや想像力を働かせることができなくなってきています。最近は、SNSの匿名性を利用した誹謗中傷や、コロナウイルスへの恐怖からの差別的言動などが増えていますね。

それが、ただただ、切ない。

メディアの情報操作に惑わされないで!

『他人を攻撃して貶めることでしか自分の存在価値を確認することができない人生』なんて、虚しすぎませんか?

逆に、『他人から攻撃されて、自分には存在価値が無いと思いこんでいる』としたら、とんだ勘違いではありませんか?

『目の前にあることだけが真実』だと思い込むのは、少々危険な感じがします。

とはいえ、今、世界は、かつてないほどの混乱に見舞われており、悲しいニュースや、真偽のあいまいな情報が錯綜しています。

そのすべてを自分事で捉えてしまうとさすがに苦しいですし、マスコミが報道していることの全てが真実とも限らないので、私は、必要以上に見ないようにしています。

テレビ番組はマスコミにとって都合の良いようにツギハギして作られているって、ご存知ですか?

メディアから垂れ流される情報に惑わされないよう、『自分にとって重要なものだけを、必要なタイミングで適量選び取る』ということも、大切なのではないかと思います。

当サロンでは、コアでディープな情報に触れてみたい方のお越しを、これからもお待ちしております( ̄▽ ̄)


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